非財務情報はM&A評価をどう変えたのか― 人的資本が「企業価値の前提条件」になった理由
日本成長戦略会議の議論から読み解く、投資・買収判断の変化
企業価値の評価は、静かに、しかし確実に変わり始めています。M&Aや成長投資の現場では、財務指標だけで企業を判断することが難しくなり、 人的資本や組織力といった非財務情報が、実質的な評価軸として扱われる場面が増えています。
この変化は一過性のトレンドではありません。日本成長戦略会議をはじめとする政策議論でも、非財務情報を前提とした企業評価の在り方が整理されつつあります。 本記事では、政策動向を起点に、なぜ非財務情報がM&A評価の「前提条件」になったのかを、企業実務の視点で読み解きます。
なぜ今、非財務情報がM&A評価で重視されているのか
これまでの企業価値評価は、売上・利益・キャッシュフローなど「財務」で語るのが王道でした。もちろん今も財務は重要です。 ただ、M&Aで本当に効いてくるのは、買収後に「伸びるか」「統合できるか」「崩れないか」という論点です。 ここで効いてくるのが、人的資本(スキル・知見・組織の動き方)や、技術力、ブランド、顧客基盤といった非財務価値です。
非財務情報が重視されるのは「綺麗ごと」ではなく、実務上の必然です。買収側は、財務数字の裏側にある 再現性(同じ成果を継続できる構造)を見たい。売却側は、財務に表れにくい強みを説明できないと、評価が伸びにくい。 結果として、非財務情報は企業価値を語るための共通言語になり始めています。
人的資本が企業価値の「前提条件」になった背景
人的資本が前提条件になった理由はシンプルです。M&Aのシナジーは、財務ではなく人と組織が作るからです。 例えば、技術者のスキルセット、暗黙知の蓄積、チームの協働、現場の意思決定速度。これらは損益計算書には出ませんが、 統合後の成果には直撃します。
さらに、後継者不足や人材不足を背景に、中堅・中小企業でもM&Aが「特別な手段」ではなく、現実的な選択肢になっています。 そのとき買い手が見たいのは、単なる売上規模よりも、誰が、何を、どう回しているのかです。 いわば「箱」より「中身」。…不動産で言うなら、間取りより住み心地です(住み心地の悪い豪邸、意外と売れません)。
日本成長戦略会議に見る政策の方向性
政策面でも、非財務情報、とりわけ人的資本の「見える化」が強く意識されています。人的資本は、開示義務対応に留まらず、 投資家・金融機関・取引先との対話を成立させるための説明責任の領域として位置づけられつつあります。
重要なのは「開示したか」ではなく、経営戦略と人材戦略がどう連動しているかです。 つまり、どんな成長を目指し、そのためにどんな人材が必要で、どう投資し、どんな成果(兆し)が出ているのか。 このストーリーが語れないと、非財務情報は「項目を埋めただけ」になりがちです。
また、「100億円宣言」のような成長志向の施策は、財務目標そのものというより、攻めの経営に舵を切る覚悟を促すメッセージでもあります。 野心的な成長には、人材・技術・組織文化など無形資産への投資が不可欠であり、非財務情報の整備はその準備運動になります。
企業実務に与える影響と注意点
企業実務への影響は大きく、かつ地味に効きます。非財務情報が評価軸に入ると、M&Aだけでなく、 採用・人材育成・組織設計・パートナー選定まで、意思決定の基準が変わります。 つまり「開示のための整備」ではなく、経営のOS(オペレーティングシステム)の更新が始まります。
注意点は2つです。 ①数字遊びにしない(KPIは目的ではなく手段)、 ②美談にしない(投資家は“課題の把握と手当て”を見ています)。 「研修を増やしました」だけでは弱く、「なぜ増やしたのか」「何が変わったのか」「次に何をするのか」の流れが必要です。
非財務情報をどう成長戦略につなげるか
非財務情報を成長戦略につなげる鍵は、シンプルに「判断の起点」を揃えることです。 例えば、次のような問いを社内で言語化しておくと、M&Aでも資金調達でも、議論が早くなります。
- 自社の価値は「誰の」「どんな能力」に依存しているか
- その能力は個人依存か、組織として再現できるか
- 成長に必要な人材投資は何で、どの順番で実行するか
- M&A(攻め/守り)を選択肢として持つなら、何が条件になるか
これらは、いきなり正解を出す必要はありません。ただ、問いを置くことで、非財務情報は「資料」から「武器」になります。 財務は結果、人的資本は原因。原因の説明ができる企業ほど、評価も交渉も強くなります。
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よくある質問(FAQ)
- Q1. 非財務情報とは何を指しますか?
- A1. 財務諸表に直接は表れにくい価値の要素で、人的資本(スキル・組織力・文化)や技術力、ブランド、顧客基盤などを指します。
- Q2. なぜM&A評価で人的資本が重視されるのですか?
- A2. 買収後の成果は人と組織の動き方に左右され、統合後のシナジーや再現性、リスクの見立てに人的資本の情報が直結するためです。
- Q3. 人的資本の「見える化」は、何から始めればよいですか?
- A3. まずは自社の価値が「誰のどんな能力」に依存しているかを言語化し、個人依存か組織として再現できるかを整理するところから始めるのが有効です。

