2026年春季労使交渉に向けた「政労使の意見交換」を読む
―賃上げは日本成長戦略の中心テーマへ。中小企業と個人事業主が今すぐ押さえるべきポイント―
2025年11月25日、総理大臣官邸で開催された「政労使の意見交換」では、2026年春季労使交渉に向けて、政府・経済界・労働界が共通して 「賃上げの継続」を中心テーマに据える姿勢が改めて明確になりました。
本記事では、公開資料の内容を整理しながら、コインバンク株式会社の視点から 「中小企業・個人事業主が実務として何を準備すべきか」を考察します。
本記事は、日本成長戦略の流れを追うシリーズの一つです。 過去には、高市政務三役による成長戦略会議についても詳細に分析していますので、あわせてご覧ください。
1.政労使が一致して掲げた「物価上昇を上回る賃上げ」の必要性
政府資料では、物価高に負けない実質賃金の確保が喫緊の課題として共有され、 全国的に賃上げを広げることが明確に位置づけられています。とくに次のような政策が示されています。
- 生産性向上を促す設備投資・省力化投資の支援
- 価格転嫁の適正化を進めるための法整備・ガイドライン
- 中小企業・小規模事業者向けの助成金・交付金の強化
一方で、名目賃金は上昇しているものの、実質賃金のプラス化はまだ定着しておらず、 家計の回復が遅れていることも基礎資料から明らかになっています。
政府の政策動向は、高市担当相が掲げる成長戦略とも一体で設計されています。 過去記事では、こうした国家戦略の背景をさらに深く解説しています。 👉 高市政務三役 会議資料の読み解き(第1回)
2.経済界:ベースアップを「交渉のスタンダード」に
経団連は、2026年の春季労使交渉において、ベースアップ実施を「賃金交渉のスタンダード」と位置づける方針を示しています。 背景には、次のような問題意識があります。
- 実質賃金を安定的にプラスに転じさせる必要性
- 人材確保競争の激化による賃金水準の底上げ圧力
- 賃上げを人的投資と捉え、成長投資の一部として位置づける経営への転換
また、柔軟で自律的な働き方や裁量労働制の拡大の重要性にも触れられており、 「労働移動の活性化による生産性向上」を企業側の課題として掲げています。
3.労働界(連合):中小企業への賃上げ波及と価格転嫁の徹底を要求
労働組合側の連合は、政府との共通認識として、 「賃上げが物価上昇を上回り、家計の実質所得を担保すること」を最優先課題と位置づけています。
連合は、次のような点を政府に要望しています。
- 物価上昇を1%程度上回る賃金上昇を“ノルム(当たり前の水準)”として定着させること
- 中小企業が賃上げしやすくなるよう、労務費を含む価格転嫁を徹底すること
- 重点支援地方交付金を、中小企業の賃上げ支援に有効活用すること
- 地方版政労使会議を複数回開催し、地域における賃上げ機運を継続させること
とくに、中小組合の賃上げ率が大企業より低いことや、実質賃金がマイナスとなっている現状を重く見ており、 地域や中小企業への波及策の強化が求められています。
4.中小企業団体・商工会が示す「現場の温度感」
公開された資料には、地方の中小企業や小規模事業者からの生の声が多数紹介されています。

・人件費が上昇する一方で、販売価格に十分転嫁できていない
・消費者の節約志向が強く、値上げをすると売上が落ちる
・円安・原材料高騰・エネルギーコスト増などで利益が圧迫されている
・それでも人材確保のために賃上げを行わざるを得ない
商工会連合会の調査では、直近6か月のコスト上昇分について、 「価格転嫁が進んでいる」と回答した事業者はわずか一桁台にとどまり、 多くの事業者が価格転嫁に苦慮している実態が示されています。
5.公正取引委員会:労務費の価格転嫁を法令面からバックアップ
公正取引委員会は、労務費の適切な価格転嫁を進めるための行動指針を公表し、 発注者・受注者双方に対して、次のような対応を促しています。
さらに、2026年1月施行予定の「受託取引適正化法」に向けて、 全国での説明会や周知動画の公開を進めており、価格転嫁を法令面から後押しする体制を整えています。
6.コインバンク株式会社の見解:この議論が“個人事業主にも関係する”理由
ここからは、公開資料には書かれていないものの、読者としてぜひ押さえておきたいポイントを整理します。
(1)小規模事業者持続化補助金の「賃上げで最大200万円」は見落とし厳禁
販売促進費を補助する小規模事業者持続化補助金では、 賃上げの実施状況により、補助上限額が大きく変わる仕組みになっています。
具体的には、賃上げを行わない場合は補助上限が50万円にとどまる一方、 一定の賃上げ要件を満たすことで、補助上限が最大200万円へと増加します。
持続化補助金は、法人だけでなく個人事業主の利用が非常に多い制度です。 そのため、今回の政労使の議論は、中小企業だけでなく、 フリーランスや個人事業主にとっても、補助金活用の観点から無視できないテーマになっていると言えます。
(2)賃上げは「17分野の成長戦略を超える別枠テーマ」に
日本の成長戦略では、半導体・GX・観光・生成AIなど17の成長分野が掲げられていますが、 今回の資料群を読む限り、賃上げはこれら個別の産業戦略とは別枠で扱われています。
言い換えると、賃上げは「日本成長戦略の核」として、あらゆる産業に共通する基盤テーマになっているということです。 賃上げを通じた実質賃金の改善が、内需・消費・投資の好循環を生み出す前提とされており、 企業規模や業種を問わず、無関係でいられる事業者はほとんどありません。
(3)100億宣言を視野に入れる事業者は「給与配分と労務管理」を戦略領域に
コインバンク株式会社の支援先には、売上100億円規模を視野に入れる「100億宣言」クラスの事業者も増えています。 こうした成長志向の企業にとって、賃上げは単なるコスト増ではなく、 成長戦略と一体で設計すべき重要テーマです。
具体的には、次のような視点が求められます。
- 役員報酬と従業員給与のバランスをどう設計するか
- 人材獲得・定着に必要な賃金水準と総人件費のシナリオをどう描くか
- 賃上げを裏付ける付加価値向上・生産性向上投資をどう組み合わせるか
- 働き方改革や労務リスクを踏まえた就業規則・評価制度をどう整えるか
100億円規模を目指す企業にとって、「労務管理」はもはやバックオフィス業務ではなく、 事業戦略そのものと直結した経営のコア領域になっていると考えたほうがよいです。
7.まとめ:賃上げは“義務”ではなく“成長のレール”
日本の成長戦略と賃上げ政策は、今回の政労使会議だけでなく、 過去の成長戦略会議全体を通じて一貫した方向性を持っています。 👉 【第1回】高市成長戦略会議の分析 👉 【第2回】高市経済対策会議の分析
今回の政労使意見交換を通じて、2026年春季労使交渉に向けて、 賃上げの定着が日本の成長戦略の中心テーマであることが改めて明らかになりました。
すべての事業者にとって、特に押さえておきたいポイントは次の4点です。
- 賃上げは補助金・助成金の上限額にも直接影響するテーマであること
- 価格転嫁を後押しする法整備・ガイドラインが強化されつつあること
- 人手不足が続くなか、賃上げを避けることはますます難しくなる構造であること
- 投資・生産性向上・労務管理を組み合わせた「戦略的賃上げ」が求められていること
経営者が今取り組むべきは、「賃上げできる体力づくり」と「補助金・支援策の活用」、 そして「長期的な人材戦略の構築」です。
コインバンク株式会社では、賃上げを前提とした経営戦略づくりや、 補助金・助成金の活用、設備投資・省力化投資の計画策定まで、 一体的なご支援が可能です。賃上げを“義務”として捉えるのではなく、 “成長のレール”として経営に取り込んでいきたい事業者のみなさまは、ぜひ一度ご相談ください。
2026年春季労使交渉に向けた「政労使の意見交換」に関するよくある質問(FAQ)
Q1. 2026年春季労使交渉に向けた「政労使の意見交換」とはどのような会議ですか?
2025年11月25日に総理大臣官邸で開催された「政労使の意見交換」は、政府・経済界・労働界が一堂に会し、 2026年春季労使交渉(春闘)に向けて賃上げの方向性や課題を共有する場です。 物価上昇を上回る賃上げを全国に広げるために、政府がどのような環境整備を行うのか、 経団連や連合、中小企業団体がどのようなスタンスで臨むのかが議論されました。
Q2. この会議で示された賃上げに関する政府の方針は何ですか?
政府は「賃上げを事業者に丸投げせず、継続的に賃上げできる環境を整備する」という方針を示しています。 具体的には、価格転嫁・取引適正化の徹底、1兆円規模の中小企業・小規模事業者向け支援、 生産性向上のための設備投資・省力化投資の支援、重点支援地方交付金を通じた賃上げ環境整備などを 総合経済対策として打ち出し、5%台の賃上げモメンタムを定着させることを狙っています。
Q3. 中小企業・小規模事業者にとって、今回の政労使会議はどんな意味がありますか?
中小企業・小規模事業者にとって重要なのは、賃上げが「政策テーマ」であると同時に、 「補助金・金融支援と直結する条件」になりつつある点です。 価格転嫁指針や受託取引適正化法により、労務費を含むコストの転嫁環境は改善方向にあります。 また、重点支援地方交付金や各種補助金が賃上げと連動して設計されており、 賃上げを前提にした投資計画を作ることで、より有利に支援策を活用できる可能性が高まります。
Q4. 個人事業主やフリーランスにも関係がありますか?
はい、大いに関係があります。 たとえば小規模事業者持続化補助金では、賃上げの実施状況によって補助上限額が50万円から最大200万円まで変動するなど、 賃上げと販売促進投資がセットで設計されています。 個人事業主やフリーランスも、従業員や自分自身の報酬水準をどう引き上げるかを事業計画の中で整理し、 補助金や支援策と組み合わせていくことが重要になっています。
Q5. 100億円規模の売上を目指す「100億宣言」クラスの企業は、何を意識すべきですか?
100億円規模の成長を目指す企業にとって、賃上げは単なる人件費の増加ではなく、 成長戦略と一体で設計すべきテーマです。 役員報酬と従業員給与のバランス設計、人材獲得・定着に必要な賃金水準と総人件費のシナリオ、 賃上げを裏付ける付加価値向上・生産性向上投資、働き方改革を踏まえた就業規則や評価制度の整備など、 「給与配分と労務管理」を経営戦略の中核として位置づけることが求められます。
Q6. 経営者は今後、どのようなアクションを取るべきでしょうか?
第一に、自社がどの程度の賃上げを目指すのか、その原資をどのような投資と生産性向上で確保するのかを 具体的な数字で描くことが重要です。 第二に、価格転嫁指針や受託取引適正化法、各種補助金・助成金などの制度を把握し、 賃上げと投資を支える外部資金を積極的に活用することがポイントになります。 第三に、長期的な人材戦略として、採用・育成・評価・報酬を一体で見直し、 「賃上げできる体力づくり」と「人が集まり続ける会社づくり」の両立を図ることが重要です。


