2040年の産業構造を見据えた今、企業が取るべき戦略とは?

日本経済は長期停滞から脱するための「潮目の変化」に直面しつつあります。国内設備投資は2024年度に107兆円と過去最高を更新し、賃上げも30年ぶりの水準を記録しました[1]

こうした変化は民間企業の努力だけでなく、国際経済秩序の変化や政府の産業政策の積極化といった前提条件の変化に支えられており、経済界や国民の間には期待と不安が入り混じっています[1]

本稿では経済産業省の「2040年に向けたシナリオ集(案)」をもとに、将来見通しが求められる理由や日本の国際的な位置、産業構造転換の方向性、新機軸で対応すべき変化、そして注目すべき産業を整理します。

1. なぜ、今将来見通しなのか?

  • 投資と賃金の潮目の変化 – 2024年度の民間設備投資は過去最高を更新し、賃上げも30年ぶりの高水準が続いています[1]。これは国内外の社会的マクロ環境の変化と政府の産業政策の積極化が背景にあり、企業経営の前提が変わりつつあることを示しています。
  • 人口減少と時代の転換点 – 国際経済秩序の多極化や世界的な人口動態の転換(人口減少・高齢化)により、従来型の経済運営では十分な成長を維持できないことが見えてきました[2]。将来予測を基にした長期的な投資戦略や人材育成が欠かせません。
  • 政策と企業行動の指針 – 「2040年に向けたシナリオ」はビジョンではなく、現実的に実現可能な政策の延長線上にある見通しです[3]企業が補助金や公的支援策を最大限活用するためにも、政策の方向性を踏まえた経営計画が重要になります。

図表1 :「潮目の変化と時代の転換点」

 

2. 日本の国際的な位置

日本は今後、中規模国化が進むと予測されています。欧米先進国だけでなくグローバルサウス諸国から伸びゆく外需を取り込み、国内投資と賃上げの好循環を維持することが不可欠です[4]

輸出依存度は2010年代初頭の十数パーセントから高まり、日本の高付加価値製品・サービスに対する需要が増えると見込まれています[4]。その一方で、技術流出やサプライチェーンの囲い込みによる淘汰リスクにも注意が必要であり、官民のインテリジェンス能力を高め、国際的な通商戦略を再構築することが求められます[5]

日本の強みはフルセットの産業構造や文化・コンテンツの魅力、安定した社会にあります[6]。世界各地の企業と連携しながら、国内ではソフトウェアや研究開発への投資、賃上げとイノベーションを継続的に進めることが重要です[7]

図2: 「日本の国際的ポジション」

3. 将来の産業構造転換

経済産業省の資料には、将来の産業構造転換を視覚化した図表が掲載されています。その一部を図3に示します。横軸に総労働時間(面積が産業別付加価値額を表す)、縦軸に労働生産性(名目付加価値÷時間)を取ったもので、「2021年」と2040年の「新機軸ケース」を比較しています。この図のポイントは次のとおりです。

  • 総労働時間の縮小 – 2021年では総労働時間が967億時間に達するのに対し、新機軸ケースでは828億時間まで減少します。これは少子高齢化による労働人口減を前提に、省力化やデジタル技術の導入で生産性向上を実現することを示しています。
  • 高付加価値化と労働移動 – 図表では、飲食業や宿泊業、農林水産業、社会福祉・介護、医療など労働集約的で生産性の低い産業が大きな面積を占めています。その一方で、情報通信業や金融・保険業、専門サービス業といった高付加価値産業の面積は小さいものの生産性が高く、新機軸ケースではこれらの産業を拡大し、労働を移動させる方針が示されています。
  • AI・ロボット導入による省力化 – 新機軸ケースでは、専門サービスの活用やAI(ソフトウエア)、ロボット(機械)等の導入により生産性を引き上げることが強調されています。人手不足を補うだけでなく、付加価値を高める投資によって総労働時間を減らしつつ経済成長を実現する構図です。

この図表から読み取れるのは、労働生産性の低い産業を単純に縮小するのではなく、高付加価値化と省力化の両輪で生産性を高め、労働移動を促すことが鍵であるということです。中小企業にとっては、AIやロボットを活用した自動化投資や専門サービスの外部活用による付加価値向上が、将来の競争力を左右するでしょう。

図3:将来の産業構造転換

4. 新機軸ケースで対応すべき3つの変化

「2040年に向けたシナリオ」は5つのミッション(GX・DX・経済安全保障・健康・地域包摂)を掲げていますが[8]、ここでは企業が特に留意すべき三つの変化に絞って考えます。

  1. グリーン変革(GX)への対応 – 先進国ではグリーン製品・サービスが市場参入の前提となり、炭素賦課金や環境規制が導入されます[9]。企業は再生可能エネルギーへの投資、脱炭素製品・技術の開発、サプライチェーン全体のCO₂マネジメントに取り組む必要があります。
  2. デジタル変革(DX)への対応 – 生成AIやクラウド、量子技術の進展により計算資源とデータ整備が重要になり、人材育成やサイバーセキュリティへの投資が必須となります[10][11]。SDV化やサービタイゼーションの進展もDXの一環です[12]
  3. 経済安全保障と包摂的成長 – 国際経済秩序の多極化やサプライチェーンの再編が進む中、戦略的物資・技術の国内確保と多様な市場へのアクセスが重要です[5]。同時に、高齢化社会に対応するヘルスケアや介護サービスの質向上、地域包摂的な成長に向けた投資も欠かせません[13][14]

本資料では、GX・DX・経済安全保障・包摂的成長の4つの軸に沿って、主要な産業政策の方向性と具体施策を以下に整理しました。

表4:新機軸ケースで対応すべき3つの変化

ミッション 目的・狙い 主な政策ツール 代表的な施策例
GX(グリーン変革) 脱炭素経済構造への移行と再エネ投資 GX経済移行債、カーボンプライシング、再エネ・原子力等の活用 ・排出量取引制度の導入・GX産業立地推進・水素・CCSの導入・脱炭素電源整備支援
DX(デジタル変革) 半導体・AI・情報通信基盤による産業競争力強化 ウラノス・エコシステム、DX支援ガイドライン、5G・RAN支援 ・AI・半導体フレーム創設と拠点支援・中小企業DX化支援(サイバーお助け隊等)・DX人材230万人育成
経済安全保障 サプライチェーンの強靱化、技術流出防止、自律的経済圏の構築 外為法、新技術保護スキーム、Run Faster協力枠組み ・レアメタル・蓄電池等の供給確保支援・技術流出対策ガイドライン策定・同志国連携による経済安保体制
包摂的成長(地域・人材) 地方の生産性向上と所得拡大、少子化対策、社会的課題の解決 成長投資補助金、M&A支援、PHR、フェムテック支援等 ・100億円企業創出、介護DX支援、女性活躍推進企業加点・PHR活用による健康サービス革新・ローカル・ゼブラ支援

 

5. 新機軸ケースを元にした注目産業

新機軸で提示されたミッションに沿って、以下の産業が特に注目されます。

1.半導体・計算資源 – DXとGXを支える基盤産業として需要が高まる。生成AIやクラウドサービスの普及により、国内での製造拠点整備や研究開発への投資が進む[15]

2.自動車・モビリティ – 電動化とデジタル化が進み、EV・FCV・SDVに関する技術開発やサービス事業が拡大[16]。循環経済の観点から蓄電池リサイクルやサプライチェーン合理化も重要[17]

3.蓄電池・再生エネルギー – EV市場拡大と再エネ導入に伴い需要が急増し、全固体電池や次世代電池など高付加価値化が進む[17]

4.ヘルスケア・介護DX – PHRとライフログデータを活用した個別化ヘルスケア、遠隔医療、AI診断、介護ロボットなどの市場が成長[13][18]

5.産業機械・ロボット – 人手不足に対応する省力化投資として、産業機械やロボットの高度化・普及が進む。AI技術やハンドリング技術の進展により、これまでロボット化が難しかった作業の自動化が実現する[15]

2040年シナリオと今後の対応について

経済産業省が提示する2040年シナリオは、人口減少や国際情勢の変化といった課題を前向きな挑戦の機会へと変換するための出発点です。

企業はグリーン変革、デジタル変革、経済安全保障と包摂的成長という三つの軸を意識し、注目産業への投資や補助金の活用を検討することが求められます。

コインバンク株式会社は、こうした長期ビジョンと政策動向を読み解きながら、中小企業が持続的な成長を遂げるための資金調達と経営支援を提供していきます。

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